人生初めての嫉妬
みなさんは人生で初めての嫉妬覚えていますか?
わたしは覚えています。厳密に言えば初めてではないのかもしれないけど「今だからあの感情に名前をつけるのであれば"嫉妬"だなぁ」というエピソードがあります。
チラシの裏。自分がカタルシスを感じたいだけの、あの頃のわたしが成仏できるように、で書きます。
小学2年生の時でした。
学校行事で冬季に持久走大会があり、1年生時に60人中4位だったわたしは1位を目指して日々走り込んでいました。
大会当日。わたしの母も観戦に来ました。
結果は3位。昨年よりランクアップです。
しかし母の顔は険しく、賞賛の言葉はかけてもらえませんでした。
母は「1位」「100点」しか認めず、「2位以下」「99点以下」は意味のないことでしたし、できないわたしを罵倒しました。仮に1位や100点を取っても「誰のおかげで生きていけるのか」「誰が偉いと思う?親だよ親」「だからお前の頑張りじゃない」でした。
なので、
悲しいけどしょうがないのかなと、幼いながらに自分で着地点を探していました。
しかしそれは学年末に打ち砕かれました。
来年度クラス替えを行うので文集を作成することになりました。「がんばったこと」がテーマだったのでわたしは持久走大会のことを書きました。
立派な文集が完成し、わくわくしながら友人の文章を読んでいました。
そこで目についた仲良しの友だちの一文。
持久走大会で1位になった友だちも持久走大会について書いていました。

雷に撃たれました。
母が、彼女を、褒めた。
1位だもんね。
一人で泣いていました。
泣くと親は怒るので気が付かれないように部屋の隅っこで泣いていました。
当時はこれが嫉妬とは分からず、ただただひたすらに消えたい気持ちと母親に対してごめんなさいの気持ちと友だちが羨ましく憎い想いでした。
わたしだって4位から3位になったのに。
親に褒められた記憶がない。
いつも褒めてくれたのは祖父母で、
その祖父母と両親が喧嘩して離れ離れになり、
わたしを褒めて認めてくれるのは自分だけになりました。
暖かい家族に自己肯定感を育まれてきた人にはよく分からない話だと思います。だって8歳のトラウマをずっとずっと心に宿しているんですよ。こんなことにリソース割いても何も意味ないのに。
だからこそ、自分が親になった今
子どもたちにはひたすらに無条件に「大好き」と伝えて、結果よりも過程を認めて、できなかったり失敗したりしても「そんな時もあるよね」を合言葉に自己肯定感を育むよう努めています。
その結果、「100点ボーイ!」と自称する3歳息子です(笑)
わたしの中にいる8歳のわたしもどうかそのまま愛せますように。
2024年を振り返る
子どもの頃は年の瀬をひしひしと感じていたのに今はただの日常すぎて年末感がないです。働いていないのもあるのかな。
例年振り返りはTwitterでまとめているのですが、せっかくならここに書いていこうかなと。つらつらと書いていきます。
1月
前年9月末に妊娠が判明してそこからずーっと体調不良。12月末には胃腸炎で一家全滅しました。まだ働いていたのですが、夕方が本当に体調が下降してしまい帰宅さえも困難になってしまうので都度迷惑をかけるくらいなら最初から割り切って固定シフト+時短で働くことにしました。呼吸しているだけでしんどい。
2月
オーマイBigバター醤油なら気持ち悪くならずに食べられたので誇張なく毎日食べていました。上の子のときは毎日エビフィレオだったのでそれよりかは健康的だったのかな…胎動はボコボコ、今回も大きい赤ちゃんなことが判明、vs逆流性食道炎で眠れない日々、眠るのがド下手な上の子、毎日必死に生きていました。

↑おいしいし、トレーに入っているので洗い物もなく…!みんなも食べてみてね!
3月
産休までのカウントダウンスタート!お腹は重いしマタハラは受けるし散々な日々でした。それでも産休入りまで続けられたのは同じクラスを担任する同僚がとても素敵な方々でいつも気遣ってくれました𝓛𝓞𝓥𝓔__
30週で産休入りしましたが全然体調悪く、10m歩けば休む、街中に行けば気持ち悪くてカラオケなり漫喫なりで横になって休憩したりと、苦しくていつも空を仰いでいた気がします。
つわりで液晶を見続けると吐き気を催していたのですが、この頃ようやく少し楽になってきてゲーセンに行って気分転換できました。と言っても2-3クレで限界でしたが、それでも気晴らしになりました。
4月
臨月__
毎日眠れず、食べられず、気持ち悪く、だからこそメンタルもどんどん落ちていき生きた心地がしませんでした。出産に向けてもしものことがあったときのために身辺整理をしていました。結構、真面目に。正期産である37週になったら出ておいで〜と毎日願っていたらなんと37週1日で陣痛がきてくれました。神。緊急帝王切開で第二子を出産、わたしは産後元気で娘も早めにNICUを退院できました。
5月
ずっとモヤモヤしていた出来事が解決(?)して、なんとか前を向いて生きていけそうな兆し。帰宅後体調は程よく、娘も飲んだら寝る赤ちゃんだったのでたくさん体を休めることができました。子宮に胎盤残置は無いのに出血が続いているとのことで帝王切開瘢痕部症候群の疑いになってしまいました。
6月
夫が育休を取得してくれたおかげ+娘の生活リズムがしっかりできてきたのもあり、日中はほとんどゲーセンにいました。胎盤が排出されたことで液晶を見ても全然気持ち悪くならなくなってハッピー!サウンドボルテックスという音楽ゲームにハマっていて5時間くらい連続でプレイする日々でした。VF(実力指標のようなもの)が15台から16台にアップしました!
自宅安静解除になってやることと言えば…⁉️ pic.twitter.com/YI2kLycaXx
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2024年5月29日
7月
ずーっとゲーセンに行っていました(笑)友人たちと自分が行ったことがないゲーセンに行ってワイワイ遊ぶのが楽しかったです。
車を買い替えました〜!軽から5ナンバーへ……とても運転しやすくてびっくり!子ども2人の乗せ下ろしは毎度ヘロヘロです。
8月
夫が仕事復帰なので、息子の迎え以降はワンオペになりました。娘を抱っこしながらのお迎えは汗びっっっしょりで毎日干からびるかと思いました…息子も保育園で荒れ気味だったようで母として何をしてあげられるのかとてもとても悩みました。行政に掛け合って心理士に相談もしました。親、担任、心理士が息子に対して同じ解釈とスタンスを持って支援できていることがとても心強かったです。
9月
34歳になりました(マジ?)初めて家族旅行にも行って大変だったけど楽しく過ごせました。
10月
息子が3歳になりました!!!1月にはあまり喋ることもできず語彙も少なく心配していましたが、朝から晩まで、起きた瞬間から寝るまでずーーーーーっと喋る男です。家族旅行2にも行きました。息子、初めての足のつかない大きいプールにビビることなくゲラゲラ笑って変な人でした。
サウンドボルテックスでは「剛力羅」段位、VF17になりました。やればやるだけ伸びるのが嬉しい!
11月
誕生日プレゼントで夫から時間をもらいました。1泊2日で大阪・東京旅行してきました。ずっと憧れていた人と水族館に行ったり、大阪勢とボルテでワイワイしたり、変わりすぎた池袋でボルテしたり、もうはちゃめちゃに楽しかったです。初日の夜、終わってしまったことが本当に鬱でした。帰宅後はもっと鬱。2025年も行く予定なのでエンカしたらよろしくお願いします。

12月
寒くなった…秋どこに行った…?
息子の迎えはベビーカーを持って行っているのですが、「あるく!」と少しずつ歩き方を学びながらトコトコ歩いている姿に寂しさを感じています。ひらがなカタカナ、それといくつかの漢字が読めるようになり「世界にはなんと文字だらけなんだ!」と気づき始め、日々何事にも目を輝かせていてその感性が素敵だし、母も見習いたいなと。
おわりに
1年を通して妊娠出産育児音楽ゲームしかしていない…育児は立派なことなのでそれだけでオッケー。
白と言えば黒、黒と言えば白

???
はい!ということで今回は絶賛イヤイヤ期真っ只中発達のんびり3歳坊ちゃんと闘うわたくし(保育士歴十ウン年)が、こんな手立てで穏やかになんとかやっているよ〜の手段をご紹介したいと思います。
ほんとにね、イヤイヤ期……白目になりますよね。「自分はママとは別人なんだ…!」という気づきからスタート、個人差はありますが概ね2歳くらいまで続くと言われています。息子はのんびりなので2歳からスタートし、現在進行形であります。子どもに携わる仕事をしていても怒り心頭アンガーマネージメント!!!毎秒1.2.3…7を数えては憤慨しているのです。子どもと普段関わらない方々、これに立ち向かっているの偉すぎですからね。
個人差がありすぎるイヤイヤ期なので「へぇこんな手立てがあるのね〜引き出しの一つとして覚えておこ〜」くらいに思ってもらえたら嬉しいです。
- コンディションを整えておく
- 二重否定は極力使わない
- 語彙を増やしてあげる
- 自分の思い通りにならない世界を知らせる
- 魔法のワード
以上5項目に沿って書いていきたいと思います。
1.コンディションを整えておく
眠いときお腹がすいたとき…話を聞いてくれないですよね。そうなりきる前に手を打ちましょう!お昼12時くらいのフードコートを思い出してみてください。たいていの小さいお子さんたちグデグデのぐずっぐずじゃないでしょうか。普段保育園に通っている場合12時は昼食を終えて午睡準備の時間なんですよね。つまり日常(=保育園)とは異なる生活リズムなので1時間もズレればグズグズになるわけです。そんな中諭しても最早眠いしお腹は空いたしそれどころではありません。
「えーそれじゃあ全然買い物できないじゃん」そうなんです。そういうもんです。何かを犠牲にしなければならないのです。それが買い物時間なのか子どもの生活リズムかの違いです。つまり眠くなりきる、お腹が空ききる、振り切る前にその生理的欲求に対して対処しましょう、ということです。我が家はある程度体力がつくまで、買い物はオープンイン・11時に昼食・帰宅・15時まで午睡(おひるね)を心がけていました。
体調不良時もイヤイヤすごいですよね。親子でウワーンってなりますよね(笑)病気にならない、ということは無理なので外から帰ったらすぐ着替えや入浴、うがいができるまではこまめに水分補給、毎日鼻吸いで少しでも菌を持ち込まないのも手です。家庭方針にもよりますが、我が家はすぐ小児科・耳鼻科に行って早めに手を打ちます。少し鼻水が出た程度でも鼻水で通院です。悪化してグズグズされるのしんどいので(笑)
生活リズムを一定に保っていると「そろそろ話を聞いてくれなくなるころだな」とそれによるイヤイヤの心算ができると思います!
2.二重否定は極力使わない
よくやりがちな「〜しないと、〜できない」ですね。大人は理解できますが子どもにとっては難しいし「できない」の否定だけしかわかりません。「〜したら、〜しようね」の方がイメージしやすいです。最近は風呂嫌い&腹ペコマンなので「お風呂入ったらおやつ食べようね」とお話しています(notお風呂入らないとおやつ食べられないよ)
二重否定便利ですよね、わたしもよく使ってはハッとして言い直しています(笑)「〜したら、〜しようね」と話してもギャンギャンひっくり返られることも多々ですが「やらない🙂↔️、って言ってないよ!!!〜したら、〜しようって言ってるじゃん!」って話すと「あ、そうか(やるのか!)」と我に帰ってくれることもあります。なんかそれ自体二重否定があるんですが、このパターンだとスッと入ってくれるようです。息子だけかな。(おやつ食べたい!に対して「おやつ食べないって言ってないよ!お風呂入ったら食べようって言ってるじゃん」)
3.語彙を増やしてあげる
自我が芽生えて、自分の思い通りにやりたいお年頃。言葉にならない言葉、内言、たくさんありそうですよね。それをひっくり返って泣く、物を投げるなどなどの表現方法で表しているんですよね。だから「〜したかったの?」と大人が代弁して言葉を知らせてあげることが大切なんだと思います。「できなくてイヤだったの?」「たべたかったの?」「痛かったの?」「欲しかったの?」と言葉に表してあげましょう。泣いて大暴れするのなら「イヤだねぇ」と代弁しながらとりあえずその場から離れるのもいいですね。我が家は泣いて泣いて止まらないときはとりあえず「抱っこしようか」と抱っこして落ち着いたら話を聞くようにしています。それでもダメなときはだいたいコンディションが整っていないときなので終了です、突き詰めても悪循環なので全てそこで終わらせて生理的欲求を満たす方向にシフトします。話が通る状態になったら「そういう時は『やって』って言うんだよ」と代替の言葉を知らせて、似たような場面に出会したらすかさず「やって!だよ!」と起こる前に知らせます。
気持ちを受け止めて(not受け入れ)、その気持ちにあった言葉を知らせて、体で表現するより言葉で表現できる日を待ちましょうね。
4.自分の思い通りにならない世界を知らせる
というか思い通りになる方が少なくない?(笑)わたしはよく100均に買い物に行くのですが、店によって品揃えまちまちじゃないですか。あと売り場がわからん。ので「あるかなーないかなー」と念仏のように唱え、息子にも聞こえるようにしています。息子も「あるかなーないかなー」と真似してきます。たいてい欲しい商品を見つけられないので「なかったー残念だ、しょうがないね」も口に出しています。思い通りにならない世界。すると、息子にとって思い通りにならない事象が起きても(特に買い物)「残念ねー」と諦めてくれるようになりました。ベビーカーで散歩中も息子に「こっちかな!(公園側サジェスト)」と話されるのですが「あっちかな!(用事側)」と息子の提案を却下します。大抵ウダウダ怒られるのですが「今度行こうね〜ママ忘れちゃうかもだから今度教えてね〜」と話すとなぜか納得してくれるし、本人も忘れちゃうのでわたしに教えてくれることはなかなかありません(笑)全てすべて実況解説をするように口に出し、親自身思い通りになっていないことを知らせていくと、その姿を見て学んでくれるのかなと思います。
毎月末、こどもちゃれんじの到着を親子で心待ちにしているのですが「そろそろしまちゃん来る頃だねーあとでポスト見てみようね!来たかなー来ないかなー」とわくわくしてポストを確認。まだ届かず…初日こそは怒っていましたが「また明日も見てみよう!楽しみだね〜」と期待の方向に持っていきました。同じ時期に郵便配達車を見かけたときに「あの車にしまちゃん乗っているかな!乗っていないかな!どうかな!あるといいね〜」と乗っていないこともあることを知らせました。今では届いていなくても「楽しみね〜」と穏やかでいてくれます。
何の話?書きたかったことと少しずれちゃった
5.魔法のワード
叱りたくない…でも叱らなきゃ…って時に便利な言葉があります。それは「〜することになっている」です。
どういうことかというと、一例をあげるのであれば病院での待ち方についてですね。我が家は
「座って待つことになっているんだよ、だから座ろうね」「アリさんの声で待つことになっているんだよ、だからこれくらいの声でね!」
と、社会的ルールとして知らせています。もちろんそうなる前に、事前予告です。立ち歩こうとしたら「座りなさーい!」ではなく「お尻を椅子につけて座ります」のルール明文化です。そしてできなかったら「この中ではいられないから残念だけどお外だね(ルールを守っていないから)」です。なんとこの方法…親の感情は介入ゼロです!なんて言ったってルールですからね。だからたくさん言える…!感情として「静かにしなさーい座りなさーい」だと親の指図として受け取られてしまってイヤイヤに繋がります。「〜することになっている」はそういうことになっているルールの提示です。もちろん小さい子なのでそれだけでは待てないことが多いと思います。そこで絵本だったりスマホだったりで待てば良いのです。「〜って呼ばれたらあの部屋に行こうね、それまでこれしていようね」です。
ちなみにこの声かけは支援が必要なお子さんに有効で度々使われています。
あとがき
偉そうなことつらつらと書いていますがわたしも人間、人間の中でも超短気なのでよく噴火しています(笑)仕事じゃ言わない言葉たくさん言っています(笑)だって人間だもの
育児って心がしんどくなるときありますよね、共感じゃなくて受け止め、だからね。意に反していても受け止めてあげて、でもこうだよねって諭していく。毎日毎回何度も何度も……一朝一夕にはいかないです本当に。上記5項目もバブバブの赤ちゃんの頃から繰り返し繰り返ししてきての今なので、全員が全員に有効とは限りません。対応はオーダーメイドです。発達特性を持ったお子さんはこれの何百倍も大変ですよね。睡眠障害もあればなおのことお辛いだろうなとお察しします。
わたしたちも人間、親と言えど感情があります。イヤイヤ期を終えたあとに子どもたちは「人は自分とは違う気持ちがある」ことに気づく段階になります。そこでまた葛藤はあるんですよね。だからわたしは子どもに気持ちを話しています。相手をし続けて疲れたら「ママちょっと疲れたよ……」と体育座りでボソボソと話しています(笑)「ママちょっと休みたい」「ママ今絵本読みたい気持ちじゃないんだ、だからコーヒー飲んで休んでから読んであげるね」「ママそれはしたくないかな」……世界一大好きな親のただならぬピンチ感…!子どもなりにちょっとは考えてくれるかも。
子どもと一緒にヤダヤダ〜って泣いたっていいと思います。自分の心も大切にね。
あと身体が資本なのでたくさん食べてたくさん寝ましょうね。努力値はHとB極振りです。
一人目育児を考えた
どうも2児の母です。4月末に出産を終え、下の子は5ヶ月を迎えました。離乳食が始まる…(めんどくさい)
友人たちも次々と出産し、共通の話題は子どもに関することが多くなってきたこの頃。
8時間睡眠なんて上の子が生まれてからほぼ無く、命削って育児する日々ですが最近「あれ…なんか…1人目の時より苦しくなくね…?」と思うのです。
もちろん年齢の違う2人の子どもを育てるのは辛いこともあるし大変です。が苦しくはないんです。なんでだろう…と考える機会があり、自分なりに答えが出たので残しておこうかなと。
- 諦めることに執着がなくなる
- ハードルが下がっている
- 生活リズムができている
- 楽になる時を知っている
この4点について述べていきたいと思います。出産を終えて突如始まる育児に戸惑う一人目パパママや2人目を考えている方にも届くといいな、なんて!
1.諦めることに執着がなくなる
日本語おかしくね?とお思いでしょうが字が如く諦めることに執着がなくなります。
子育てにおいて1→2の変化も大変なんだけど何より0→1の変化がとてつもなくストレスだったのを覚えている
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2024年9月20日
生活が突如180°変わるからね
何年も頑張ってようやく出会えた我が子、食べちゃいたいくらい愛しているのにしんどすぎて頭おかしくなるかと思ったな(というか何回か発狂した)
大人だけの生活から突然子どもがいる生活、生まれる前にイメージトレーニングをしていましたが、心身ともにストレスにはなります。どんなにかわいくてもね。冠婚葬祭でストレスを感じるのと同じです。
身近なことだと「ラーメン食べたいなぁ、でも無理だよなぁ、夫婦でなんてもう行けないよなぁ」と、ラーメン以外でも毎回毎度子どもを理由に諦めなければならないことに思いを馳せてその度に悲しい気持ちになります。少なくともポジティブではないですよね。以前は当たり前にできていたこと、それを手放さなければならないことが苦しかったです。
でもそれも慣れてきて今は「ラーメン?え?あー無理っしょ!子ども大きくなったら行くわぁ!」と将来の楽しみに転換できるようになってきました。
もちろん自分の生活に「育児」というジャンルが加わってから別のベクトルで楽しみは増えました✌︎夫婦で工面して一人時間を楽しむ術も身についてきたと思います。
2.ハードルが下がってきている
子どもに携わる仕事をして十数年、生後2ヶ月の赤ちゃんの担任もしたことある、とはいえ新生児は未知の領域でした。仕事だと日中だけだしお迎えくるし、休憩時間担保されているしね。
第一子、とにかく「泣き止ませなきゃ」と、どうにかしてあやして泣き止ませようとあくせくしていました。「わたしは子どもに携わる仕事のプロなんだから…」となぜか自分に枷をつけて(笑)だから抱っこ紐でもベビーカーでも車内のチャイルドシートでも大号泣されるととにかく焦って焦って…運転中なんてどうにかしなきゃどうしようとパニックになっていました。そしてなかなか泣き止まず、つんざくような泣き声と圧倒的寝不足でどんどんイライラに変わっていき………
苦しかった、かわいく大好きな息子がかわいくないとさえも思いました。
今は「泣いているな!生きてる生きてる!おけおけ!」です(笑)生活をまわすために多少泣いていても放っています。泣いている=生きている、なのでその間に最短で家事を終わらせて娘のもとにかけつけます。車の中でも「お!シートベルトで首しまっていないな!大丈夫生きてる!」です(笑)逆に突然泣き声が聞こえなくなると「生きてる!?!?」と焦ります。
第一子のときは泣いていると泣き止ませること優先でお昼ご飯が食べられないことが多々…今は「10分くらい泣いていたって死なないさ〜」とちゃんとご飯を食べるようにしています。そこでオンオフをしっかり、割り切って生活していくことで同じことの繰り返しな毎日もメリハリもつけやすくなるのかなと感じます。
子どもの泣き声ってものは焦燥感を助長させますねぇ。哺乳類は赤ちゃんをかわいいと感じるように遺伝子に刻まれているのと同じように、泣き声で母親の気持ちを揺れ動かすようになっているのかな(哺乳類学でやった気がするしやっていない気もする)
とはいえ、子どもの泣き声はうるさいです(dB的な意味で)普段子どもと関わることが少なかった人たちは赤ちゃんの泣き声の幻聴が聞こえることにびっくりしたでしょう。わたしもしんどくなるので長丁場になりそうだなぁと思ったらAirPodsでYoutubeを聞いています。
あと、わたしは極度の心配性で近所のコンビニに行く時でさえも母子手帳・保険証・医療証・オムツ・着替えを持って行っていました…何が起こるかわからないし、出先でうんちするかもしれないし(その距離なら帰ってから替えろ〜!)だから出かけるたびに山登りでもするん?くらいの大荷物でした。
でも今はなんとかなる!と思って身軽に近所に買い物に出ています。
3.生活リズムができている
もう今は保育園に通う上の子のリズムに合わせて生きています。
上の子のときはとにかく寝ない赤ちゃんをどうすれば夜のいい時間に寝かせることができるのか…試行錯誤していました。なのでなかなか生活リズムが安定せず、夜間の寝かしつけでほぼ眠れず朝8時くらいに寝ることも…でもそれでは生活リズムつかないんですよね。
朝起きる時間は一定が本当に鉄板だと理解った2人目育児…
4-5ヶ月の下の子の一日なこんな感じ(友人に送ったものをそのまま引用)

混合栄養で概ね4時間置き、自分からウトウトして寝ることはないので若干の寝かしつけは必要、午前睡がしんどいなと思ったらその時間で買い物に行きその間30分くらい寝てもらっています。午睡と夜間は真っ暗な部屋で両手が出ているスワドルを着させて寝かしています。若干泣きますが5分くらいで自力で寝られる時もあれば少し抱っこすると安心して寝てくれる時もあります。ネントレをがっつりやっているわけではないのでこんなもんでいいかなと。
下の子は始まりと終わりがきっちりしているなと思うのは起きる時間がちゃんと一定だからなんだろうと思っています。上の子は全然できなかった。眠気に勝てなかった(笑)そのため今でも寝るのは下手くそ坊ちゃんです。
下の子は眠くなりすぎる前にちゃんと眠れているからか、起きている時間はほとんどご機嫌で過ごしてくれていて好循環だなと感じています。
4.楽になるときを知っている
これが一番!!!
一人目って手探りで大丈夫かな?平気かな?これでいいのかな?と不安まみれですよねーーー上の子は生後1年まで色々とあり通院が多く、それでも疲れ…毎日田植え期の田んぼを歩いている?くらい体が重く先が暗かったです。
まず3ヶ月、首が座って縦抱きができるようになる。4-5ヶ月、おんぶができるようになり家事がやりやすくなる。6-7ヶ月、おすわりが少しできるようになるからベビーチェアに腰かけられるようになり外食に出向きやすくなる。B型ベビーカーが使えるようになりおでかけしやすくなる。7-10ヶ月、ハイハイができるようになり遊べる室内施設の幅が広がる。〜1歳3ヶ月、あんよができるようになり充実した戸外ライフを送れるようになる。ますます外食しやすくなる__
あ、なんだか前より楽かも?がこの1つ1つだったりします。ほんの一例にすぎませんが。
これを知っているから「あとちょっとでこれができるようになるから楽になるぞ…!」と育児を頑張れるような気がします。成長に伴う恩恵を楽と表現していいのかは置いておいて。
一人目育児の方々はお手持ちの育児書の発達のページを開いてみて、ただただ「これができるようになるんだ〜」と眺めるだけでなく、「だから自分は〜という選択肢が増えて楽になるかも!」もうちょっと踏み込んだところまで想像できるとさらにワクワクしながら育児を楽しめるんじゃないかなと思います。
ちなみにわたしの今の楽しみは上の子が一人で歩いてくれるようになり(今は抱っこマン)、レインコートを着て保育園の登降園をすることです。今はずぶ濡れになりながら車を出して、到着次第下の子を抱っこ紐に入れて迎えに行ってまた2人を車に載せて…がめんどくせぇ!!!!ので早く上の子が一人で歩いてくれる日を楽しみにしています(白目)
語弊だらけのこの項目、うまく伝われッ!
あとがき
子を望むということは誰に頼まれたわけではない、強要されたわけでもない、自分で望んだこと!それなのになんでだろう苦しい……と育児していると思う日々。ちょっとした思考の転換を楽しみながらなんとかやりくりしています。
我が家は育児は二馬力なので(祖父母協力ゼロ)産後ケアを利用して、わたしや夫の心身のリセットをはかっていました。お金で解決や………必要経費や……
子によってその時期や程度は様々ですがいつか「あ、ちょっと楽になったかも」という瞬間はあると思うのでそれを楽しみにほどほどに頑張りましょうね〜!
眠すぎて最後駄文になっちった!ごめんね!
…然し君、恋は罪悪ですよ。
解っていますか。
そうして神聖なものですよ。
わたしの愛読書『こころ』(夏目漱石)の一説です。ほら好きすぎて12年前の誕生日もツイートしている。
しかし君、
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2012年9月1日
恋は罪悪ですよ。

高校2年生の現代文で扱われる小説ですね。今回はわたしが高校2年生の時にこころの授業で陥った認知の歪み、というかパニックをなんとなく書いていこうと思います。あの時は呼吸すらも忘れそうになるほど相手に疑心暗鬼になってしまった__
突然のディベート大会
という名の語らう会(笑)
高校2年生のたしか冬頃。現代文の授業で「こころ」を題材に授業が行われていました。第3章も佳境に入ったところで、授業の進みにも余裕があるということで恋愛について先生と我々とで語り合うことになりました。
さて、わたし。この年の梅雨頃に自身の恋愛神話が崩壊するほどの騒動がありまして。1ヶ月くらい水分とブドウ糖タブレットで生き延びることになりました。わたしがね、ピュア(笑)すぎたんですよね(笑)(笑)(笑)この騒動の影響で以降の恋愛観がぐっちゃぐちゃになりました。
かくかくしかしかなんとか立ち直って3つ上のお兄さんとお付き合いをすることになりました。
そんな中で行われたディベート大会、というか雑談。テーマは「恋と愛の違いは何か」
テーマ設定がそれなので全然ディベートではないんですよね(笑)いいんです現代文の先生が話そうって言ってくれたから。
(ちなみに先生は女性で初めてお付き合いした人と結婚し、お子さんは2人いました。超達筆なのに超速記でいつもヘトヘトになりながらノートを取っていました。わたしは先生と仲良しでした)
先生の見解は「恋は下心、愛は真心」
わたしは先生に「下心って何?」と訊ねました。「うーん、見返りを求めるってことじゃないかな」と。
「相手に○○をしてもらいたいから、自分は○○をする」ということらしいです。わたしはこれを自分に当てはめて考えます。考えます。考えました。
「では逆に愛とは?」と訊ねると「全てを受け止めることじゃないかな」と。わたしはこれを自分に当てはめて考えます。考えます。考えました。
これが全ての始まりで、歪んだ認知を持つきっかけでした。
わたしはわたしの存在を認めてくれて「好き」と言ってくれるお兄さんが大好きでした。
会話したくて、メールを送る。
会いたくなって、会いたいと告げる。
手を繋ぎたくて、繋ぐ。
名前を呼んで欲しくて「好き」と言って欲しくて、「好き」と伝える。
わたしの一挙手一投足全てが下心で、自分はなんて卑しい人間なんだろうと思うようになってしまったのです。
たかが高校生と19歳の恋愛、お兄さんも全然深く考えていないだろうに、当時のわたしはこの思考にハマって抜け出せなくなってしまいました。
そんな時にお兄さんを狙う女の子が現れました。彼女の独り言が書かれている当時流行した「りある」に、お兄さんへの想いが綴られていました。わたしは焦燥感にかられます。どうしよう、また取られてしまう…でも何かアクション起こせばそれは下心になってしまう……
一つ前の恋愛、恋愛神話が崩れた原因の恋愛でわたしはあまりにも性善説で生きていることを友人に指摘されました。そして今回も同様だと言われました。「目に見えないこと、知らないことに対してもう少し疑いの目を向けるべきだ。そうじゃないと気持ちを利用されて消費される一方だよ」と。でも、好きな人に対して性悪説で生きるの悲しくないですか?その人を受け止めてこその愛だろうに、疑いながら付き合い続けていくのか、と。
0:100思想すぎる(笑)でも当時は本当にピュアで「一生一緒にいたい!結婚したい!」と、そんな恋愛神話に基づいて生きていたんですよね。
自分の欲求を相手にぶつけるたびに自分がどんどん嫌な人間になっていく感覚と、それでも相手にアクションを起こしてほしい気持ちとでぐちゃぐちゃになってしまいました。
そしてある日、お兄さんに呼びかけようとしたら
声が出ない。
名前を呼べなくなっていました。声を発しようとすると過呼吸のような呼吸になってしまいパニック。名前を呼ぶことも何気ない会話ですらもできなくなりました。地獄。
それからまもなくわたしはお兄さんにお別れを告げられました。
拗らせたエピソードの一つがこちら。
当時高2のわたし、3歳上のお兄さんとお付き合いしていたんだけど、彼の誕生日プレゼント猛烈に悩んだ挙句当時流行っていたディズニーのペアストラップの片割れあげたんだよね
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2024年4月3日
わたしはお小遣い制ではなくて高価なものなんて買えなくて、これなら彼ディズニー好きだし喜んでくれるかなって思っていたの
好きの熱量がわたしの方が圧倒的に大きいの肌で感じていたから、「これつけてくれませんか?」って聞いたときのあの空気が痛かった
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2024年4月3日
にこっとして「いいよありがとう」って言ってその場でストラップつけてくれたんだけれど、間違ったなって思った
最適解はなんだったんだろうって今でも考える
17年も経っているのにね(笑)呪い〜
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2024年4月3日
自分に自信がなくて「この人、ホントにわたしのこと好きなのかな?嫌々付き合ってくれていない…よね…?」みたいな相手に超失礼な思想でいたから常にしょんぼりしていたな
お互い実家暮らしだったし、わたしは部活と勉強で1日休みがないくらい多忙すぎたしで手を繋いでお喋りして…くらいのデートしかできなかったからなぁ…対大人とのお付き合いでプラトニックすぎたのもダメだったんじゃないかとその後12年後に友人にダメ出しをされた(笑)
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2024年4月3日
今でもこの愛は真心、恋は下心の呪いから抜け出すのは難しくて、自分のメンタルが不安定なときに「やぁ」と呪いくんがやっています。対象は特別loverではなくとも友人でも家族にでも誰にでも当てはまってしまって、意味わからないくらいに自己卑下が止まらなくなってしまうのです。意味わからないよね、わたしも意味わからないもん。
かといって30代になり子どももいるのにメンヘラ拗らせると生活が止まってしまうので、わたしはなるべく自分に素直に生きるように心がけています。相手がいることは相手の気持ちがあるけれど、不幸にはさせないように自分の行動を心がけて生きていけばいいのかなぁ、なんてぼんやり思っています。それはまた今度別の記事にして思考を整理できたらいいのかなぁ。
あとがき
というか愚痴。打ったのに500文字くらい消えて打ち直したのムカつくね(笑)わたしにとって文章ってナマモノだから同じ文章書けないんだよねぇ良さそうな言い回しとか忘れちゃう。鳥頭〜♪
ちなみにわたしはタイトルのフレーズよりも
精神的に向上心の無いものは馬鹿だ
の方が好きです///
第二子出産記録⑤「これは定規ですか?」
「いいえ、消しゴムです」
みたいな意味分からん英文を中学1年生で習うじゃないですか(今は小学生か)
実はこれ、新生児の授乳ではあるあるなんですよね。
「これはおっぱいですか?」
「いいえ、あなたの拳です」
みたいな(笑)全くの逆を必死に向いて母の手で強制的に向きを変えられ咥えさせられることもしばしば。毎度思わずツッコんでしまいます。
さて、今回はこぼれ話です。
今の母体の様子
産後2週間が経ちました。お腹の傷はもう瘡蓋となり、直交で貼られていたテープも剥がしサージカルテープを貼っています。傷の長さはおおよそ16cm。結構長めでした。
痛みの方はというと、傷の両端あたりは体を捻るとまだ痛みます。歩いたり座ったりする分にはそこまで痛みを感じませんが、起き上がるときやしゃがむときは傷をかばいながらのモーションになります。階段などの多少腹筋に力を入れなければならない動作は手助けが欲しいです。
お腹に力が入りにくいので声量が常時の3/4程度です。ずっと話しているとカスカスになります(笑)
立ち方はまだ反り腰のままなので気がついた時に意識して重心を真ん中に持っていくようにしています。
体重はピークから-5kgで、妊娠前の体重まではあと-1kgとなりました。第一子で産後太りしたのであと10kgは減って欲しい(切実)
ダイエットがんばります!!!!
悪阻で苦しんでいた味覚障害はすっかり治り、胃の位置も戻ってきたのでモリモリご飯を食べています!毎食1合くらい🍚
第一子の様子
アホの子ですが結構センシティブなのでやはり赤ちゃん返りしました。
生まれる前夫婦で「赤ちゃん返りするよね〜」と予想をしていたのですが、特に生理的欲求が満たされないときに泣いて絶叫します…
就寝前に第二子にミルクをあげていると「牛乳飲む〜(涙)」と母の隣に座りコップで牛乳を飲んでいます。精一杯の赤ちゃん返り。
あと人のことをつねるようになりました。妹が可愛くてしょうがない反面、両親を取られてもどかしい気持ちの表出なんだろうなぁと思っています。ちなみにめちゃくちゃ痛い。素で「痛い!!!」と叫んでしまうレベル。どうか保育園でおともだちにはやらないでおくれ。
しばらくは続くので夫婦で同時に叱り、逃げ場がない、みたいなことにはならないように塩梅良く関わっていきたいと思います。
第二子問題
わたしは凍結胚移植だったので第二子に関しては今回移植のみ、チャンスは2回(4ABと3BBグレードの受精卵)だったので「これでダメだったら息子をめいいっぱい可愛がろうね」と決めていました。もうすでに身体接触も何もないので自然妊娠も望みませんでした。運良く1回目、息子と同じグレードの4ABの受精卵が着床してくれ妊娠、出産まで至れました。
周囲とは「第二子欲しいな〜これくらいの時期に授かれたらいいなぁ」なんて話題にもあがるようになりました。不妊時代によく励ましてくれた友人たちより先に授かっていいのか…?(授かれないかもだけど)、でも受精卵の保管期間は限られてもいるし、頃合いを見計らうと高齢出産に片足突っ込んでしまうし…みたいな謎の後ろめたい気持ちがあり、第二子の移植についてはなかなか言えず、妊娠してからも言えず……
自分が悲しい苦しい思いをしてきたからこそおめでた報告についてするべきか否か…ぶっちゃけ未だに最適解が分かりません。
どうしたらいいんだろうなぁ。
マタニティブルーズ
今回もやってきました。出産により10ヶ月とどめていた女性ホルモンが一気になくなることによって情緒不安定になる現象です。
涙が止まらない。ふとしたとき、何でもないのに涙が……。
助産師さんに「今、何が起きてもおかしくない時期だから……」と深夜3時に励まされました。
色々考えていました。
子どもを持たないという選択をしたら?
第一子だけにしていたら?
第二子は生まれてきてよかったのか?
幸せにできるのか?
みんな自分のことを褒めてくれるけど実はそんなに立派な人間ではないよ?
というかダメ人間じゃん?
そんな奴が親になってよかったのか?
自分の価値は?
幸せとは?
生きる意味とは……
たらればばかり。考えても意味のないことばかりだけど、それらの思考が洪水のように溢れてきてしまって本当に苦しかったです。出産後、2週間健診、1ヶ月健診にて産後うつの心理テスト(エジンバラ産後うつ質問票)が行われるのですが、出産後ですでにひっかかり保健師さんの観察下におかれます。アハハ。
今はだいぶ情緒は安定してきましたが、特に夫婦不和がひどいと涙が止まらなくなります(笑)
どうかな産後うつから脱却できるかな。
あとがき
何が正解で何が不正解なのかわからない人生、あの時こうしていたら…みたいなたらればを言い出したら沼だよね。きっと今の人生が何よりの正解だと信じたいですね。
もう1個だけ凍結胚は残っているけど、もう無理です。つわりで死んじゃう。なので大切な3BBの凍結胚は今後不妊で悩む人の手助けになれるよう研究対象になってもらいます…きっとこの子も可愛い子だったんだろうな。妊娠中もし悲しい結果になってもまだいるよ!っていう心の支えであってくれてありがとうね。
不妊時代、妊娠中、出産…いいことばかりじゃない。苦しくて辛いことばかりで、頑張っても努力は全て実らなくて。何も報われなくて。自分じゃどうにもできないことばかりで。人生で一番辛かった。死んでしまおうと何回考えたか。
でもあの時泣きながらでもクリニックに通ってよかった、つわりで死にかけたけど諦めるという選択肢を取らなくてよかった…
頑張る人みんなが悔いのない選択をして、どのような形になっても健康で幸せでありますように。
第二子出産記録④術後から退院まで
ちょろっと調べてみたのですが、出産時における母体死亡は世界規模だと2分に1人(!)、日本では10万人に2.8人だそうです。早期胎盤剥離は発生自体が100-200例に1人、その中で1-2%が母体死亡となるそうです。胎児は30%が亡くなってしまうそうです。
日本の周産期医療の発展でぐぐっと母胎死亡率は減ってきましたが、それでもゼロにはなりませんね。生まれるまで、生まれてからも何が起こるかわからないのが出産だなと思います。
わたしの第一子の例なんて死ぬのか?なんて考えたらかすり傷みたいなものなんでしょうけど(羊水塞栓症などに比べれば)でもゼロではなかったです。
術後の様子
当日はベッド安静でした。管や配線やらでむやみやたらに動ける感じではありませんでした。輸液に子宮収縮剤を入れてもらっている関係で子宮がギュウギュウに縮む(=後陣痛)が何よりも痛かったです。この後陣痛は初産よりも経産婦の方が痛いと言われています。理屈は①でお話した風船です。
助産師さんに今回の出血量を聞いたところ「600mlくらいでしたよ〜!帝王切開での出血想定が1000mlなのでどうしても出血は多くなっちゃうんですよね」とのこと。少なッ!
📞夫に連絡
私「今回さ出血600mlだけだってさ!ラッキー!」
夫「よかったじゃん」
私「だから意識も割とはっきりしてる!」

_人人人人_
> 多量 <
 ̄Y^Y^Y^Y^ ̄
前回2600ml↑だったので感覚バグっていました。
友人の看護師にも話したところ「単純に500mlのペットボトルより出血しているって考えると多くない?」と。
たしかに🦀
今回かなり安産だったようで、第一子のときにはあった腹水を抜くためのドレーンと抗生剤点滴はありませんでした✌︎先生方ありがとうございます。
産婦は産後1ヶ月程度悪露(おろ)という子宮の内容物(卵膜や羊水)や血液がずっと出続ける事象があるのですが、それも子宮収縮剤のおかげでだいぶ量が少なく…!第一子のときはLサイズのお産パッド(ナプキンの超巨大版、60cmくらい?)も血でびしょびしょになるほどだったので、予後貧血もそこまで感じませんでした。
本当に第一子のときは術中も術後も出血がひどくて輸血したとて、今生きてる?死んでいる?寝ているのか?と分別がつかないくらい常にくらくらふわふわしていました。産後1-2ヶ月はずっとそうだったので今回意識がはっきりしているのはとてもありがたかったです。
背中には硬膜外麻酔が刺さっているので、手元のスイッチを押せば麻酔が入り痛みが軽減されるようになっていました。

でもそれよりも後陣痛が痛くて痛くて…背中の麻酔は傷には有効ですが子宮の傷には効きません。でも絶食期間中なので経口で痛み止めもできません。なので坐薬を入れてもらいました。もうここまできたら恥なんてねぇよ。後陣痛も痛いし尿カテも痛くて…もう歩くから!尿カテ抜いて〜!でした…
この日は2時間おきに容態のチェックが入り、寝たくても眠れない…状態でした。
翌日、待ってましたと歩行訓練です。脚のマッサージ機が取れ、体を起こし、トイレまで歩くことができれば激痛の尿カテを抜くことができます。根性!!!
尿カテが抜かれ、ある程度自由の身に。
朝食から流動食の提供が始まりました。産むまで悪阻だったわたし、胎盤がでたことでスッキリ。
「おかゆうめ〜〜〜〜!!!!」
生後3日目で背中の麻酔の針を抜き、念願のお風呂。4日目にはスタスタ歩けるようになり、最終日にはパラマウントベッド無しで起き上がることができました。
メンヘラ自傷行為しすぎて外傷の痛みに強い説、推していきたい
— しょんちゃん (@shonchan_nico) 2024年5月1日
やっぱりですよね〜
肝心の娘はというと、やっぱりNICUに入院になりました。ですよね〜。
帝王切開児は突如外界に出るので、肺の中の羊水が出きらず新生児一過性多呼吸になりやすいんです。(自然分娩は少しずつ羊水を吐きながら外に出てくる)酸素の値が少し低めなので大事をとってNICUに入院しました。そしてやはり大きい赤ちゃんは低血糖になりやすく点滴で補い、娘はミルクを飲むものの消化が追いつかず…状態なようでうつ伏せをしながら至る所の浮腫みが取れるのを待つようでした。
どちらも知識としては知っているし、息子の新生児だった頃の症状よりもあるあるの症状だったので「オナシャス!!!わたしは寝ます!!!」とどっしり構えていました💪自分は何も施せないからね、プロに任せて母子同室になったときに元気に出迎えられた方がいいよね。
出産した翌日車椅子でNICUに連れていってもらい対面しました。やーん息子と瓜二つ(笑)ギャンギャン言っていましたが抱っこしたら静かになってくれて母の存在を認識してくれたようで何だか嬉しかったです。
娘は生後2日目で母子同室になりました。
退院日の悲劇
退院日___
娘がまさかの新生児黄疸で引っかかり!血液検査次第では退院延期という事態に。なんか黄色くなってきてもしかしてそうかも〜と思っていたんですよね。
そして夫からのLINE
「息子が38.2℃の熱だ!」
半年ぶりの発熱がよりによって今日(笑)
退院時の迎えの分には元気な子どもも病棟入口まで来られるのに…よって息子は病院内には入れず、夫も来れなくなりました(笑)なんでやねん!
娘は血液検査の結果、セーフということで母子同時退院が叶いました。タクシーで帰りました…
よく退院時に初めての家族写真!なんて銘打って病院の入口で写真を撮るのですが、第一子のときは夫が待ち時間の長さに不貞腐れて撮れず、今回は息子の体調不良で撮れず…イベント事にあまり興味のないわたしでもちょっと凹みました(笑)
⑤こぼれ話に続く!?