ぐらんぎにょーる

だれかの役に立てたらいいな

キューピーハーフバースデーちゃん

 

 

※なんちゃって裁縫マンなのでガチンコ裁縫クラスタは帰ってね♡♡♡

※色々必死だったので写真のクオリティが低すぎます

 

息子が生後半年を迎えました。

生まれてから1度もプロに撮ってもらわず、行事もなんちゃってでしか行わなかったので、今回くらいはそれっぽいことしようかなと、インスタで流行っているっぽい?(インスタやっていない)キューピーハーフのコスプレを作ることにしました。

 

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え!キューピーじゃなくてキユーピーらしい…(初耳)

 

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用意するもの

 

  • 裁縫セット(ミシンあれば尚良)
  • 布用ボンド
  • クリーム色っぽいフェルト
  • 赤色フェルト
  • 紙用はさみ
  • テープ
  • 着るの1回だしな〜という気持ち
  • まぁ写真には映らないやろという気持ち
  • また100均で買えばええの気持ち

下3つはふざけているように見えて非常に大切です。なんていったって育児と同時進行なので、思い通りに進められないし、日中に作るとしたら何度か手を止めなければいけません。夜に作るとしても睡眠時間を削っているわけで。心に余裕がないと自分も子もどっちも幸せになれません。上手くできなくても、完成に至らなくてもハーフバースデーは祝えます。子をぎゅっとしておめでとうすれば良きなのです。

 

フェルトはダイソーで購入しました。

 

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このタイプのものであればクリーム色2本、赤1本(心配なら余分に)

サイズはこんなかんじです。

 

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布用ボンドは100均じゃない方がいいかもしれません。圧着させたのですが割とヒラヒラしちゃいました。わたしの塗り方が雑だったかも?

 

作り方(約2時間)

 

①型紙を用意します。わたしは @nagomi1126様の型紙をお借りしました。

 

 

息子は70cm弱、9kg弱のどすこいちゃんなので出力をA4ではなくB4にしました。

裁縫心配な方は余分に印刷しても良いと思います。

 

②型紙を切り、貼り合わせます

 

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文字の部分はまち針で留めてフェルトと型紙を同時に切った方がやりやすいかも…わたしは型紙を切ってからフェルトを切りました。

 

③フェルトをあてがい裁断します。

 

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後衣は2枚裁断します。

 

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前衣はフェルトをにして、1枚裁断します。

顔の部分はこのままでは大きいため(B4で出力したから)ほどよい大きさにします。

 

キャップ部もにして裁縫します。裁断後の写真しかなかった…

 

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さて、問題のアミアミ部分ですが「切り抜くパターン」「同じ幅の格子状に置き貼るパターン」「菱形を貼るパターン」など色々方法があるのですが、わたしは菱形を貼るパターンにしました。

 

まずベースを切っていきます。

 

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このように菱形の頂点で一度切ってからそれぞれの辺をバチンバチン1回切りしていくとやりやすいです。

 

切り終えたらこの型紙をクリーム色に留めて、中だけ切っていきます。

 

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失敗したら同じ大きさのものをまた切ればええ(cv.ノブ)

これを初めに切った赤のベースに貼っていきます。

 

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赤フェルトの上で作業したら見えにくい(汗)

 

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こんな感じ。綺麗に貼るコツとしてはまず頂点が2点以上ある場所から貼り、その間を埋めていくといいでしょう。着せたら子が動くのでちょっと汚くてもバレません。

 

文字は慎重に切りましょう。写真撮り忘れた。

 

④前衣と後衣を合わせて、後衣の重なり幅を確認します。そしてそこを仮縫いします。必要に応じて重なり部分にマジックテープやボタンをつけます。

 

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わたしはマジックテープをつける関係で仮縫いしたけどまち針でガチガチに留めれば必要ないかもしれない(直接キャップ部につけてしまえばOK)

あれ、この向きでまち針留めたら動いちゃうじゃんね…?

 

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下部にマジックテープをつけました。エイ!ってアイロンで圧着させちゃったのは内緒。まぁ溶けても裏だしな見えないしなという適当感。止まればええんじゃ。

 

⑤前衣とキャップ部を縫い合わせます。

 

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端1cmくらいを縫います。

 

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縫ったあと一度表に返します。縫った部分を上下どちらかに折り、5mm程度縫います。

 

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見た目こうなります。行わなくても良いのですが、こうすることで丸まることなく(見開きの本をイメージしてもらえると◎)子が動いてもここがまっすぐ歪まずに写真に写せます。

もし手縫いだったり自信がなければアイロンでしっかりと跡をつけるといいと思います。

 

⑥後衣とキャップを縫い合わせます。表衣で行った↑は前からは見えないのでしなくてOKです。

 

⑦キャップ部分をしっかりと半分に折り、中表(表になる部分を中)状態で衣の端をだいたい1〜1.5cm縫い合わせます。腕が通る部分は縫いません。腕周りの部分はしっかりと返し縫いします。

腕の部分の範囲は型紙真ん中部分以外を縫う感じです。お子さんの身体に合わせてください。

 

写真が無い…(息子がぐずりだして必死だった)

 

⑧ひっくり返してアミアミや1/2、名前ピハーフを布用ボンドで貼っていきます。

コツとしては中心を意識しながら縦横を合わせると綺麗に見えます。

 

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失敗しても大丈夫。子はめっちゃ動きます。撮影時には歪みます(笑)気にしないようにしましょう。

それよりかはしっかりと端までボンドを塗って圧着させてください。文字の剥がれは意外と見えます。

 

アイロンで両脇をしっかりと割ってクセをつけておくと着せやすいと感じました。

 

完成です✧

息子のぐずりがなければもうちょっと早く作れたと思うのですが、ミシン使用で約2時間かかりました。

 

反省

 

脚のムチムチを見せるためにもう少し身丈を短くしてもよかったかもしれません。

 

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でもこれはこれで妖精感あってヨシ!

 

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半年を振り返って

 

なんで泣いているんだろ…なんで怒っているんだろ…ということはなく、なんとなく伝えてくれてわかりやすい息子で大変ありがたい(たいがいパイパイ)のですが、いかんせん寝るのが下手くそで…そのため今も3時間おきに起こされます(死)トントンで再入眠できるときもあれば、パイパイを!飲むまで!泣き止みません!と確固たる意志をもって泣き続けてくれちゃうときもあり……いくら保育士といえど睡眠不足はしんどいもんです。1-2時間おきに起きるときは発狂しそうになって夫に助けて〜〜〜って白旗あげました。ホント寿命削って育児しています。

でも毎日形容し難いほどの幸福感を与えてくれます。眠いけど!無償の愛をたくさんたくさんくれて幸せです。眠いけど…余裕無くなるときあるけど…(笑)

月並みな表現ですが生まれてきてくれてありがとう。世界一かわいい息子です。

 

 

赤ちゃんのお世話セット

 

 

Qいつまで出産について語ってんスか

Aすみません

 

ということで育児について書いていこうと思います。保育士と言えど初めての育児で手探りな日々なのでこんな感じかー程度に思っていただければ◎

今回は赤ちゃんを迎えるにあたって準備したお世話セットについて紹介します。

 

息子について

 

まず簡単に息子のプロフィールをご紹介します。

  • 10月生まれ
  • 4ヶ月現在8kgのどすこい
  • 片目鼻涙管閉塞
  • 肌がとても弱い
  • 混合栄養(ほぼ母乳)
  • 4-6回/日の排便

母乳の分泌は良い方で完全母乳でも可能ですが、あまりにも吸われすぎるとくらっくらして疲労感で立てなくなってしまうのでミルクに代替するときもあります。最近は哺乳瓶拒否で寝る前暗くしないと飲んでくれません(涙)

 

お世話セットについて

 

なんじゃそりゃ?という方はググってみてください。そのままですが、赤ちゃんをお世話するためのグッズをひとまとめにしておくと便利なようで、バックだったりワゴンだったりで映え()させるみたいですよ。あって良かったもの、無くてもよかったものも合わせて紹介できたらなと思います。

 

わたしは無印良品持ち手付帆布長方形バスケットポリプロピレン収納キャリーケースを入れて使用しています。

 

 

巷ではイケアのワゴンラックを用いてベビーラックを用意する方もいらっしゃいますが、つかまり立ちしたら危ないのと、息子の寝る場所がベッドインベッドならぬ布団インベッドなので足元においてすぐ取り出せるようにしたかったのでバッグ形式にしました。

 

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上段にはお世話するものを、下段にはオムツを入れています。

 

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こんな感じ(使用感)

 

上段に入れているもの

 

  • 左上:おめかしセット
  • 中上:保湿(市販)セット
  • 右上:体温計
  • 左下:母乳ケアセット
  • 中下:保湿(処方)セット
  • 右下:アルコール

 

おめかしセットには清浄綿、日焼け止め、くしブラシが入っています。鼻涙管閉塞で目ヤニが多いのでひどいときには清浄綿で拭いています。生まれてみたら髪の毛フサフサだったのでくしで梳かしながら保湿剤を行き渡らせています。このセットは生まれてから買い足しました。

 

保湿(市販)セットには、ベビーローション、ベビーオイル、プロペトが入っています。生後1ヶ月までは市販品で肌が保たれていたのですが、以降荒れが酷くなったのでほぼ使っていません。ベビーオイルはたまーに行うベビーマッサージのときに使用しています。生まれる前に用意しました。

 

体温計は耳で測れるものを生まれる前に購入しました。いやぁなんとも使いづらい(笑)うまく計測できない……ので!家にあった脇で挟んで測るタイプ使っています。歌うたいながら体温測るのが楽しいみたいです。

 

母乳ケアセットは乳頭保護クリームと母乳パットが入っています。乳頭保護クリームはピジョンのリペアニプル、母乳パットはdacco母乳パットです。生まれる前に購入しました。

 

保湿(処方)セットにはヒルドイドソフト軟膏、ロコイド軟膏、エキザルベ、綿棒、抗菌点眼薬が入っています。乳幼児医療証があるのならば処方薬が断然お得ですよ奥様!この日のためにたくさん納税してきたと言っても過言じゃありません。

息子は生後1ヶ月を過ぎるとムチムチの宿命アンド遺伝でお肌がカサカサで一気に乳児湿疹が広がりました。それからはずっと通院し、ヒルドイドとステロイド中心でスキンケアをしています。朝晩たっぷり塗っているので寛解(皮膚でもこの言い方で合っているのかな?)している時の方が圧倒的に多いです。

 

アルコールはオムツ交換した際にシュッとしています。まだ自宅で育児なのでそこまで菌には侵されていないはずなのですが、集団に入るともういろんな菌にまみれて家庭内感染も余裕で起こるので、それに備えて今からちゃんと習慣づけようという魂胆です。まぁノロやらアデノはアルコール効かないんですけどね。

 

あとポリ袋。オムツ、特にウンチのときにそれに入れて汚染を広げないようにしています。まだ自宅で育児なので(ry

おおむねこのポリ袋に入れるので特別オムツ専用ゴミ箱は用意していません。夏場になって臭ったら考えます。

夫のオムツ替えがなかなか段取り悪くて使用済みオムツを一回床に置くんですよね。ビニールの中に入れて欲しい。今のうちに練習だ!

 

下段に入れているもの

 

言わずもがなオムツです。勤めている頃からパンパースの使い勝手いいな〜と思って生まれたときからパンパースなんですけど、いかんせん息子がむっちむちで。パンパースって小さめらしいんですよね。だからMに替えてからウンチ漏れが多くて。むちむちさんとウンチ漏れさんき強いというムーニーとメリーズも買ってみて夜用として試しています。うーん…どちらもいいので迷います。

 

下段の奥に見えている黄色い何かはレジャーシートです。後々のオムツ替えシートになる予定。チキンラーメンのオマケについてきたものを用意しています。

 

その他の赤ちゃんグッズ

 

寝床についてはベビー布団(敷布団)を購入しました。日中はリビングに、夜は寝室の大人ベッドの上に敷いています(した)寝室にはシングルとシングルが並んでいて一方わたし一方息子で寝ていました。夫は別室で寝ていました。現在はシングルとシングルを合体させてワイドキングのベッドで息子と添い寝しているような感じです。布団はリビングに敷きっぱなしでゴロゴロとプレイマットのように使用しています。

ベビーベッドやバウンサー、ハイローチェアは購入していません。ある程度大きくなると使用できなくなるし、何より場所を取ります。

3ヶ月過ぎてから義弟からハイローチェアのおさがりを頂いたのですが、息子はイェーイ!ヤッホー!と揺れを楽しんでいて寝具としては全然機能しません(笑)

 

搾乳機はピジョンの電動搾乳機を購入しました。母乳に関しては産んでみてからではないと予想できなかったので産むまで購入しませんでした。産後胸がカッチコチに張ってしまって「これは買うしかない(涙)」となったのですが退院後母乳育児が軌道に乗るのが早く、息子も吸うことが上手だったのでほとんど使用していません!!!失敗!!!

 

 

鼻吸い器はピジョンの電動鼻吸い器を出産前に購入していました。集団に入ると鼻水は必須です。中耳炎を拗らせると難聴に繋がったり、口呼吸により脳に十分な酸素が行き届かなかったりと不都合が多いので迷わず購入でした。洗うパーツが4つだけなのでお手入れ簡単です。息子は赤ちゃんのくせに鼻吸いが好きなようで、スイッチを入れたあとの駆動音ブーーーーが聞こえると目をキラキラさせます。ありがたや。

 

 

哺乳瓶はピジョンの母乳実感、消毒はピジョンの電子レンジスチーム&薬液消毒ケースそのまま保管を使用しています。哺乳瓶は160mlのプラスチック製です。夫に息子の面倒を見てもらうにあたり哺乳瓶を1→3本に増やしました。歯固めやスプーンも一緒に消毒できるので便利です✌︎

 

 

抱っこ紐、ベビーカーについてはプライバシー的な観点で何を使っているかは内緒です。コロナ禍&冬でベビーカーの出番はありません。よかった安物買っておいて。

 

ベビークローゼットなるもの(カラーボックスとつっぱり棒で作るらしい)は用意してません。空いているクローゼットで管理しています。もう少し大きくなったらちゃんとしたものを買い与えて「自分で選ぶ」ことが経験できたらな〜と思っています。

 

さいごに

 

必要最低限のものだけをとりあえず産前に揃えて、その子に合わせて必要になったらその都度買うでいいのかなぁ…映え()ばっかり意識して使いづらかったり子どもに危険が及んだりしたら元も子もないですからねぇ。

息子ももうすぐ離乳食が始まります。予想としてはごちそうさまをしたらもっと食べたくて泣くタイプだと予想!楽しみです(   ᷇࿀ ᷆  )

 

 

 

誘発→帝王切開での必須グッズ

 

陣痛始まりかなぁ…破水始まりかなぁ…なんてワクワクていたらどっちでも無かった(笑)

どーもわたしです。

 

巷では陣痛バック、入院バック、退院バック紹介!!!みたいなブログや動画がわんさかあるけど、誘発分娩時の必須アイテム!!!みたいなものってあまり見かけないな〜と思ったのでメモ程度に書き残しておこうと思います。最近増えてきた無痛(和痛)分娩も計画なら誘発になると思うのでよかったら見ていってください。

 

 

誘発→帝王切開であったら便利!

 

①産褥ショーツ

え、用意しているけど?って思いますよね。わたしも2枚持参+分娩セット内1枚の計3枚持っていました。が!足りなかった……

なんて言ったって分娩まで3日かかったし、その後7日入院ですからね。分娩中時間の感覚無くなるのでまぁ2日連続同じもの履いていたりもしましたが(笑)汗と血液でドロッドロ。足りなかったです。買い足しました。産後、産院の洗濯機で洗えばいいや〜って思っていましが甘かった。誘発で体力を使い果たし、帝王切開の傷があり、極度の貧血で縦型洗濯機は無理だった……

強いて言えば手洗いする体力も無かったです。

家族に洗濯をお願いできればいいんでしょうけど、今のご時世完全シャットアウトの産院もあると思うので、やっすいのでいいです!どうせ床上げより前に使わなくなるので。多めに持っていきましょう。

あ、よく帝王切開した時用の前開きする産褥ショーツいらないです。困りませんでした。産褥パッド(でっかいナプキン)と産褥ショーツの間に腹帯を挟む形になるので。

 

②買い物袋

陣痛で叫び倒したあと、飲食厳禁で帝王切開をするとはちゃめちゃに喉が渇きます。喉が乾くのは普通分娩でも一緒か。

点滴をカラカラ押しながら自動販売機まで歩き、飲み物をひたすらに買い、袋にいれ、点滴スタンドにひっかけ部屋まで戻る……お腹を切った直後は点滴のスタンドにしがみついていないと歩けないです。手で何かを持って、は厳しいと思います。

産んだ後、授乳しているからかとっても喉が乾くんですよね。入院中どれくらい飲んだんだろう…1日3リットルくらい飲んでいたんじゃないかな。浮腫み防止のためにもたくさん飲みましょうね!

 

③付箋とボールペン

筆記用具は持ってきてね〜とは言われていると思いますが、一応。疲労と貧血と産後ボケでもう記憶力と思考力がカス!何をしようとしたんだっけ…シャワー室何時に予約したっけ…先生なんて言っていたっけ…ってもう全然覚えられません。ベッド机の端に付箋を貼っておいて、やるべきこと大切なこと全部メモしていました(涙)わたしは自分の症状(極度の貧血)と息子の容態と事務的な手続きとで次から次へと人がやってきては色々話してくるので必死に書き書きしていました。ひらがなが多かったです(笑)

 

こんなところかな。②・③は普通分娩でも一緒かも(てへぺろ)

産褥ショーツのほかにサニタリーショーツも持っていったのですが、産後直後はいるわけがない(笑)点滴引きずりながら入院グッズ自動販売機まで行きましたよ…

 

産院の方針にもよるかな、とは思います。わたしが産んだところは自然なカタチで〜だったのでちっとも切ってはくれませんでした。カス。

 

第二子以降、子宮破裂回避のため帝王切開でのお産になるから、わたし自身覚えておかなきゃ。備忘録でした。

 

 

 

 

知らなくて逆によかった

 

 

逆にな!by夫

 

最近は息子を寝かしつけたあとに夕飯を食べるタイムスケジュールで生活しています。

息子が大好きなお風呂→保湿→ミルク・おっぱい→ねんね、の怒涛の30分を終えヘトヘトになって席に着くわけです。

そして毎日息子、かわいいなの会話をします。

子は鎹です(笑)

 

そして親バカすぎるので、「みてね」という写真共有サイトを眺めては「こんなにちっちゃかったんだな〜」とほぼ毎日(笑)語り合ってます。

 

そしてその「みてね」の1番最初に登録された息子の写真。保育器に入れられ挿管され人工呼吸されている写真なんですね。管まみれ。

 

 

その写真を撮ったのは夫でした。

その時のエピソードをご紹介します(誰得)

 

夫の言い分

 

出産して間も無く息子は肺がうまく膨らみませんでした。なぜかというと肺が未熟だったのです。あんなにデカいのにね!完成していなかったんですって!

 

わたしは帝王切開後すぐには息子を見ることができず…待機していた夫は助産師に呼ばれNICUに搬送される息子を見ることができました。そのときは「なるほど完全に理解した」という印象だったようです。

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そして次にスタッフからわたしの輸血について可否を問われたそうで「あーおっけーっス!」とラフに返答したようで(笑)

 

全 然 深 刻 に 捉 え て い な い

 

退院後、1ヶ月が経つまで夫は家にいて思うように動けないわたしの代わりに育児をしてくれました。ずっと家にいたので一緒にドラマコウノドリを視聴。

 

そこでようやく自分が見てきたものとの違和感を感じたようでした。

 

以下言い分。

 

「いやぁさ生まれたての赤ちゃん、見たこと無いからさ、みんなあの箱(保育器)に入ってくるもんだと思ったらさ、違うんだね!?(ドラマだと)普通に抱っこできるもんなんだね!?」

 

(早剥で出血が止まらないシーンを見て)

「出血2000mlでヤバいって言っている…!そしたらちょろちゃん相当ヤバかったんだね!?!?」

 

わたし2600以上出血しているので…

 

「俺、コウノドリ観てから出産迎えていたらきっとあんなに呑気にいられなくて焦っていたと思う。知らなくて逆によかった」

 

とのことでした。

 

出産のための入院前に麻酔やら手術やらの冊子が渡され、夫にも軽く説明したのですが「急性期の総合病院様で助からなかったら、もうそれは助からんのよ(cvノブ)」と言われ、わたしもそれはそうだなと妙に納得していました(笑)

 

出産から3ヶ月が経ち、輸血による感染症感染が無いか検査をしまして、無事陰性でした。ホッと胸を撫で下ろしました。だって感染していたら母乳飲んでいる息子にも影響いくからね!よかった!!!

 

息子は今日も大きな声で泣いています。

 

 

 

 

 

親を許すということ

 

Q.なんで誰得ブログ書いているんですか?

A.誰かの得になっている、という声を頂いているからです◎

 

いつも閲覧ありがとうございます\(◡̈)/

 

今回は趣向を変え、タグも雑談に。雑談ですよ、私見ですよ。わたしのことを書きます。今回は誰得です(笑)整理というか立ち返りのために。

 

毒親のもとに生まれて

 

 

この記事の冒頭でサラッと書いていますが、わたしは機能不全家族のもとで生まれ、育ちました。

詳細は省きますが、身体的虐待・精神的虐待を生まれたときから22歳で家を出るまで受けていました。

詳細書いても不幸自慢みたいになるし、HSPみたいな人にとっては「もう読めない…」ってなりかねないんですよ。だいたいの話を聞いた夫は「よくここまで生きてこれたな」って引いてました(笑)

 

いわゆる毒親と呼ばれる類の親です。当時は躾の大義名分のもとに手をあげることは許容されていた時代だったのかな。時代が違えば児相で保護案件ものです。

 

自分たちの思い通りに子どもを操りたい。言うことを聞かないとき、意に反したとき、イライラしているとき、寝不足のとき、文字通りの鉄槌が下ります。でも幼い頃わたしはそれはどこの家庭でもある、ありふれた日常だと思っていました。だから友だちの親を見ると「あーこのお母さんはどんな風に殴るんだろう。この前⚪︎ちゃん忘れ物したって言っていたけど、たくさん殴られて大変だっただろうな」って、心の中で友だちを労っていました。

 

そうは言っても防衛反応は出ます。解離性障害離人症自傷行為が顕れました。殴られるのは正直辛いです、どこの家庭でもあると思っていたとはいえ。その時に辛い気持ちと真っ向に向き合うと潰れてしまうと脳が判断したんでしょうね、離人症になったのです。父親にサンドバッグされるわたしを遠くから見つめるわたし。不思議な感覚でした。自傷行為は髪をハサミで切る、爪を噛む、皮を剥ぐ、で手は常に血が滲んでいました。幼稚園のときにはもうすでにボロボロだし、髪の毛もざん切りでした。

 

「作品を作りたい」特に母親は強くそう思っていたのでしょう。コンプレックスの塊で、内向的で、自己顕示するためにわたしと妹を作ろうとしていました。でもね、カエルの子はカエルなんですよね(笑)遺伝子に無理があります(笑)父親はただ単に暴力を振るえば言うことを聞くと思っていたそうですよ。馬鹿ですねぇ。

 

母の口癖は「生まなきゃよかった」「育て方間違った」「お前たちさえいなければ」でした。今となってはそれをわたしたちに言ってどうする?と呆れられるのですが、幼いわたしは親の期待に応えられていないことに申し訳なさを感じていました。

 

わたしはADHDだったので、親の支援なくては困難なことがたくさんありました。「鉛筆を削る」「宿題をする」「プリントは畳む」「時間割を確認して持ち物を揃える」等至極当たり前のことができないわたしに寄り添ったり一緒にやったりすることはなく罵倒するか殴り倒すかしか手段がなかった親たちでした。お陰様で通信簿の右ページ、生活に関することは全て「がんばりましょう」でした。

 

幼稚園・小学校は楽しかったです。親から殴られないので。離れられるから。楽しかった。行きたくない、と駄々をこねる子の気持ちは分かりませんでした。

 

泣き声が響き渡ると同居していた父方の祖父が助けにきてくれました。わたしは祖父が大好きでした。そんな祖父と父親が喧嘩をし、我々家族が家を出て行くことになりました。わたしの味方はいなくなりました。

 

母方の祖父母も大好きでした。ただ両親のそんな一面は知らないので「ママとパパの言うことは聞きなさい、間違いないんだから」と念仏のように言われ当時なんとも言えない苦しさがありました。叩くことは間違いじゃないのか…ならば痛いけどしょうがないのか…的な。

 

今でも覚えている、小5のとき、父親のサンドバッグになるわたしを見て、母親が発した言葉「顔はやめて」

 

虐待されていたという自認

 

詳細は省くといえど、書くことは書かなきゃですね。長くなります(汗)

 

地獄のような小・中・高時代を経て大学に進学しました。実家に住んでいる中で最もしんどかった4年間でした。

幼児教育系の大学に進学したわたしは、授業で衝撃的なことを学びました。わたし自身が被虐待児であること、それによって人格形成基盤が歪んでいること。そう知ってからは一気に親への憎悪が溢れました。今まで支配下に置かれて、犯罪である暴力を振るわれ、人格否定の罵声を浴びせられ、わたしの人生なんだったのかと。

悪いことは重なるもので、大学1年の夏に母が統合失調症を発症しまして、精神病院に紹介される事件が起きました。しんどかったですね。決まって毎朝4時、誇大妄想で叫ぶんですよ。「地球は終わるーわたしたちも死ぬんだー」ってね。一緒に寝ていた父は殴りたい気持ちを一心に抑え「大丈夫だから」と半ギレでなだめていました。わたしも妹も毎朝の両親の叫び声でぐったり。家族共倒れですよ。なのに母は「お前たちが悪い」と言うんです。遅くやってきた反抗期真っ盛りのわたし、グレる(笑)

 

自分の部屋は与えられず妹と相部屋、しかもその部屋の扉は常に開放していなくてはならない、友だちや恋人との電話も禁止され(うるせー!って言って電話していましたけれど)、門限は6時、家で談笑すると父親のグーパンが飛んでくる、何もできません。居場所はありません。

恋人と電話するときにたびたび親の声が聞こえてしまい心配されることもありました。そんな親と折り合いをつけられないことで、決定打ではないですが、振られる一因にもなったことが2度あります。

 

諸刃の剣なお仕事

 

大学卒業後、家を出て一人暮らしを始めました。子どもに携わる仕事に就きました。

 

「自分のような悲しい思いをする子どもがいなくなりますように」と、それを信念に勤めていました。するとなんということでしょう。「ママがいいー!」「ママに会いたいー!」と母子分離を嫌がり、迎えに来た時には親子でハグをする……そんな親子が当たり前の光景を見て「わたしの22年ってなんだったんだろう…」と、自分の人生を全否定するようになってしまいました。働けば働くほど、大好きな子どもたちと関われば関わるほど自分を卑下してしまって、ついには心療内科に罹るようになりました。

 

そんなときに毒親という言葉に出会い、書籍「毒になる親/スーザン・フォワード」を読みました。あぁわたしは毒されてしまったんだ。この生きづらさはADHDだけじゃない、アダルトチルドレンでもあるからだと知りました。

 

親を許すということ

 

その頃は親を殺したいほど恨んでいました。人のせいにしてはいけないと思いますが、でも自我が芽生える前の出来事は親依存です。こんなにも自己肯定感のない人間になってしまったのは親のせいです。恨みつらみに膨大なエネルギーを消費していました。

 

23歳のとき、仕事帰りにふと思ったのです。

「もう、親、許そう」

いや、許していないんですけどね(笑)ただ、そう念じることで肩の力がすーっと抜けた気がしました。「母は人としてダメで、子どもをダシにして堕落した生活を送っているクソ野郎、ただの世間知らず」「父はただの馬鹿」で2人とも人としてダメでそんな未熟な2人が子どもなんて作ってしまったのが間違いだったんだ、と超弩級の太鼓判を押しました。

そんなダメな2人に膨大なエネルギーを消費するのはもったいないと、それに気づかなかった自分に半ば呆れもしました(笑)そして今までの人生を呪うのもやめました。

 

ただ許したと言っても本人たちは何も変わっていないので、こちらがいなす必要がありました。折れるところは折れる。関わらないときっぱり告げる。

 

結婚式を挙げる際には、親族のみで、そして顔合わせの食事会も同時に行ました。毒親の片鱗を少しでも義家族に見せないようにしました。

実家に帰省するときには顔だけ出して、ビジネスホテルに泊まっていました。

変につっかかってくるときには無視で、必要最低限の言葉しか発しないようにしました。

アダルトチルドレンの特徴の一つ、自己決定ができないことがありますが、親に対してはきっぱりとこうします!と宣言するように努力しました。

さすがにもう高齢になった父は殴ってはこなくなってきましたし、母に対してちょっと不憫だなって思うことも多々あったので労うようになったので関係はまぁまぁ良好かな。

 

妹は典型的なアダルトチルドレンです。もともとの性格もあって抜け出せなさそうです。かわいそうに。

 

おわりに

 

具体的なエピソードを端折ったら毒親感なくなっちゃったてへぺろ(古)

 

母は相変わらずで、初孫ができたことにより家計が、自分よりも孫に重きが置かれることに不貞腐れております。クソ野郎め。父に離婚を提案していますが、もうずぶずぶの共依存でそれは難しいよう。

 

わたし自身が親になりました。よく虐待は連鎖すると言われます。いつか自分がそうなってしまうのかな、と不安に感じることもしばしば。夫に「そうなりかけたら止めてね。子の逃げ道になってあげてね」とお願いしています。味方のいない家族はしんどいですからね。

わたしは息子をコンクリートに叩きつけたり、数時間にも渡って髪の毛掴んだまま殴打したり、しゃくりあげて過呼吸になった口を塞いだりはしないぞ…!息子が息子自身で頑張ったことは親の手柄にはせず素直に頑張ったねって抱きしめてあげるぞ…!自己肯定感MAXでどうか心が折れても立ち直れる子になってほしいな。

 

結局不幸自慢になってない?ごめんね。

 

いつか許されるならエピソードをここで昇華させてください。オエってなっちゃう人もいるかもしれないけれど。

 

許したけど許していない。

 

ご清聴ありがとうございました!

出産記録⑧こぼれ話

 

もう少しで新生児期が終わっちゃうんだなぁってしみじみしています…(ᵕ̣̣̣̣̣̣﹏ᵕ̣̣̣̣̣̣)

 

さて、今まで①-⑦で書ききれなかったこと、忘れていたことを書いて出産記録の締めにしようと思います。

 

Q&A

 

Q.和痛(無痛)分娩にしなかったの?

A.当初希望していました。悪阻で入院した病院で無痛分娩希望だったのですが、わたしが薬アレルギーを持っていること・コロナが蔓延しており何かあったときには薬を使えない点でリスクが上がることから総合病院に回されました。輸血とNICUの観点から結果的に総合病院でよかったんでしょうけど、でもクリニックだったら早々に帝王切開になってリスク回避できたのでは…?とも思います。

 

Q.何が一番痛かった?

A.バルーン+促進剤>>>人工破膜+促進剤>>>越えられない壁>>>ラミナリア挿入>>>ただの陣痛>>>帝王切開術後です。圧倒的にバルーンが痛過ぎました。わたしが子宮口に対しての痛みに弱すぎるのもあると思いますが。術後は痛かったけれど根性と痛み止めでどうにかなりました。

 

Q.産んだら痛みを忘れるっていうけどどう?

A.超絶トラウマすぎて、たしかに痛みは忘れそうだけれど、出産という行為そのものが最早トラウマすぎるのでネガティブイメージが残っています。第二子以降は帝王切開になるので陣痛を経験しなくて良いのですが、それでも渋るなぁ……正直内診すら恐怖なので今後セックスすらできるか…膣内に何かを入れられることへの恐怖……こわ……

 

Q.出産費用は?

A.誘発分娩14万帝王切開19万+分娩介助料38万でした。帝王切開に関しては保険適用・限度額認定証仕様でこの価格なので予め限度額認定証を請求していて正解だったと思います。

そして、帝王切開を伴ったので生命保険から入院・手術分保険が降りることになっています。手続きしたばかりだからいくら降りるか分かりませんが、おそらく手術分はトントンになるのではないかなと思います。

ちなみに通常分娩だと一切保険はおりません。全て実費です。

自ら社会保険(国保可)や扶養に入っている場合42万円の出産一時金を受け取れ、出産費に充てることができます。わたしはクレジットカード一括で支払った後、口座に42万円振り込んでもらうようにしました。クレカのポイント乞食あるいは、直接支払い制度といって保険組合が病院に直接42万支払い、その差額を患者が病院に支払う制度があります。大抵の人はこっちを利用すると思います。

 

Q.入院・出産で持っていてよかったものは?

A.ゼリー飲料ペットボトルにさせるストローですかね。ペットボトルストローは定番中の定番ですが、術後四肢を動かさない中水分補給をするのに重宝しました。ゼリー飲料は痛み止めを飲む時に胃を荒らさないために、先にちゅるっと飲むのに重宝しました。身体起こしてお菓子を食べるのはちょっとだけしんどかったので、ちゅるっと飲めるのはよかったです。

 

Q.つわりはどうなった?

A.綺麗さっぱりなくなりましたー!やったー!ご飯が……美味しい……お茶も何もかも味覚が元通りになって…すべてが美味しい…ありがとう……ただ悪阻中に食べていたものは積極的に食べたいとは思えませんね…(笑)

 

Q.体重・体型は元に戻った?

A.産後14日くらいで出産時から6キロ落ちました✌︎お腹は妊娠5ヶ月くらい…ふよふよしています。まだ正中線も残っています。帝王切開の痕はちょっと盛り上がっていて現在はシリコンシートでケロイド予防しています。

出産後入院中、むくみが本当にひどくて足が象でした🐘あんなに着圧ソックス履くのに苦労したのは初めてでした…体重も2キロしか減っておらず出血分すら減っていなくて「おかしい…」って思っていました(笑)今はむくみは取れました!

 

Q.退院後育児を手伝ってくれる人は?

A.です。産後1ヶ月ほど育休を取ってくれています。色々な手続き関係で東奔西走してくれています。里帰り出産ではなかったので、夫婦2人で育児しています。実家は人として頼れない、義実家は高齢で頼れないので…。幸い、夫がノリノリで育児しているので助かっています。夜間はわたしが頑張る、日中は夫が頑張る、みたいなテイストです。夫の仕事復帰後大丈夫かなぁ…わたし…。

 

Q.完母?混合?完ミ?

A.完母でいけそうだけれど混合です。母乳は消化が良すぎて頻回授乳になり、睡眠不足必須、わたしのメンタルが折れそうなので授乳後ミルクを足して間隔をあけるようにしています。完母だと長時間出かけられないしね。

赤ちゃんの飲み方が上手で今のところおっぱいトラブルもなく生きています。乳頭混乱もないです。ただおっぱい星人すぎて常に吸っていたい!という感じなので毎回バトルですねぇ…(笑)

 

こんなところですかね。あ、泣き出した!

 

最後に

 

妊娠中から「本当にここに赤ちゃんいるのかなぁ」と常々疑問だったし、帝王切開で取り上げられた時もわたしから出てきたのが見えていないので「10ヶ月経ったものがこちらです〜」みたいな3分クッキング感ありました。実感が本当にないんですよねぇ。本当に我が子…?(笑)わたしの赤ん坊の頃にそっくりなので我が子なんですよねぇ。かわいい。ぶちゃいくだけどかわいい。

 

呪術廻戦の蝿頭に似てます。↓コレ(笑)

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お世話していると1日1日早すぎて、かといって何かしているわけでもないので廃人になりそう……お世話は楽しいです!!!!!

かわいい。

 

妊活妊娠出産、つらすぎることばかりでした。こんなにもつらいものか、と。

コロナで友だちにも会えないこと多々……

でもその中、できる範囲ででしたが充実した日々を送れたのは周りのみなさんのお陰だと思っています。心より感謝しています。ありがとうございました。

やっぱり出産前みたいに遊ぶことはもう不可能で寂しい限りですが、これからの人生に期待しつつ息抜きしつつみなさんとも遊んで生きていこうと思います。麻雀しようぜ!!!

 

何か聞きたいこと等あればTwitterのDM開放しているのでドウゾ!

 

ありがとうございました\\ ٩( ᐛ )و //

出産記録⑦術後から退院まで

 

 

帝王切開を終え病室に帰ってきました。

わたしは追加料金を払ってトイレ付きの個室に入れました。

 

帝王切開

 

右腕には輸血ルート、パルキシオスメーター

左腕には輸液、抗生剤、子宮収縮剤ルート、血圧計

両脚には血栓予防のマッサージ機

右下腹部にはドレーン管(腹水を抜くため)

尿道には残置尿道カテーテル

背中には麻酔針と管

 

1ミリも動けません(笑)まぁ動く必要ないんですけど。トイレすら行く必要は無いですからね。

 

輸血をするにあたって採血をしたのですが、ヘモグロビン値が5ということで(貧血気味の非妊娠女性の約半分だそうで)6単位(600mlくらい)輸血することになりました。3回に分けて輸血されたのですが、アレルギー反応が出た時のために毎回助産師さんが15分見守ってくれます。

 

術後ハイのわたしは喋る喋る…髪色の話とか仕事の話とか…助産師さんもノリノリで喋ってくれました。

その中で「あーじゃあおっぱいチェックしてみますか〜」ってことで、おっぱいを摘まれ手絞りされます。

すると何ということでしょう…!産んでからまだ2時間ちょっとなのに薄い黄色い液体がにゅーっと出てくるではありませんか!

助産師さんに「すごい!初めてなのにちゃんと出てる!だいたいは馴染む程度なんですけどね、ちゃんと開通して量も出てますよ〜」と褒めてもらいました。わたしのおっぱい偉い!そして人体は神秘すぎる…出産前は1滴も出なかったのに。

 

背中には麻酔針がまだ刺さっています。皮膚側の痛みが激しいときには麻酔が入った容器のスイッチを押すことで少し痛みが緩和されます。

↓この巾着に入っていて常に首からぶら下げます

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この麻酔は後陣痛(子宮が元の大きさに戻ろうとする)の痛みには効かないのでロキソニンが処方されます。

わたしは外傷的な痛みには結構強い方なので、そこまでお世話になることはありませんでした。痛みに弱い人はすぐ麻酔が空っぽになるようで。

 

夫は赤ちゃんの入院手続きと説明を受けるためにしばらく病院にいました。そしてNICUに入った赤ちゃんと対面、動画を撮って送ってくれました。人工呼吸ながらも息をしていて一安心でした。

手術で呼ばれたのが14時くらいで、病院を出たのが22時近かったと思います。お疲れさま。

 

NICUの先生がやってきて、わたしにも赤ちゃんの容態説明をしてくれました。でも、極度の貧血で何言っているかちゃんとは理解していなかったと思います。

 

4日間に及ぶ陣痛でヘトヘトだったわたしはその後熟睡しました。仰向けで寝られることに感動しました!!!

 

退院まで

 

さて、翌日から早期離床のため身体を起こします!お腹に力が入らない違和感。パラマウントベッドの力を借りながらベッドの縁に座ります。助産師さんにめちゃくちゃ褒められました(笑)痛いけど、陣痛よりはマシ!!!両脚のマッサージ機を取り、室内のトイレまで歩けることが確認されたので尿道カテーテルは外されました。

 

何より早く動けるようになってNICUに行って赤ちゃんに会いたかったんですよね。その一心でした。

 

まだ長距離歩けなかったので車椅子でNICUにつれていってもらいました。

 

親子の絆っていうんですかね、不思議なことが起きました。NICUにはたくさんの赤ちゃんがいます。どこに自分の赤ちゃんがいるかなんて分からない、ましてや顔すら夫からの写真と動画でしか見ていないはずなのに不思議と「あ、あそこにいる」とわかったんですよ。

やっっっっっっと会えた……!涙がポロポロ出てきます。保育器から出ることができ、挿管も抜かれ自発呼吸になっていました。抱っこもさせてもらえて幸せでした。今も思い出して泣きそう。

 

30分くらい抱っこしてわたしは病室に戻ることになります。よーし早く動けるようになるぞ〜!

 

まず輸血ルートが外されます。

翌日ドレーンが抜かれます。

その翌日麻酔針が抜かれます。

シャワーも解禁!!!誘発分娩3日目以来のシャワーでもうさっぱりすっきり!!!幸せ!!!

 

この間も1日3回の抗生剤点滴、1日2回の血栓予防の注射、1日1回の採血はあり、なかなかにハードスケジュールでした。点滴の差し替えはうまくいかず4回連続失敗され、両腕は穴とアザと絆創膏だらけでした。

 

NICUにも通います。直でおっぱいを吸わせてみたり、ミルクをあげたり、沐浴の様子を見学したり。赤ちゃんの状態が安定せず、毎日何かに引っかかって母子同室にはなれませんでした。赤ちゃんと同室になれない寂しさ虚しさを感じていたので、大部屋でなく個室を選んで正解でした。

 

赤ちゃんと同室になれない間、極度の貧血で頭は働かない、指にも力が入らない中で山のように積み上がった入院や扶養や諸々の書類を捌いていました。危うく出生届の名前を誤字るところでした(汗)

 

産後4日目にようやくわたしの病室で一緒に過ごせるようになりました。

お世話をするためにはロキソニンを飲まないとちょっとしんどかったです。抱っこをしたときにちょうど頭がくるあたりに点滴のルートがあったので抱っこするたびそこが激痛でした。もうそこしか点滴刺さなかったんですよ(涙)

 

よく飲み、飲めば寝る赤ちゃんだったのでそのあたりは大変助かりました。おっぱいも吸うのが上手なので退院した今のところおっぱいトラブルはありません。超絶おっぱい星人になりましたが……(笑)

産後5日目に見るからに黄疸が強くなってきたので、たくさん飲んでたくさん排尿をしないと同日退院は難しいと言われ、たくさん吸わせました。わたしの睡眠時間と引き換えに……

 

NICUの先生が病室にやってきて赤ちゃんの症状を説明されました。「お母さんの方がひどそうだ」なんて心配されました。そりゃあ極度の貧血なのに母乳あげていたらそうなりますよ。おっぱいをあげるたびに気を失いそうになっていました。脳内クラクラするんですよね。赤ちゃんは予後特に配慮することなく、普通に暮らせるそうです。よかった!

 

退院前日、わたしの点滴はようやく外され、赤ちゃんの黄疸も正常値まで落ち着き同時退院決定です。やった!

この頃産後クソメンタルにやられて、突如涙がポロポロ出て止まらなくなる現象も起きてました。心理士さんが部屋に来て話を聞いてくれました。きっと時が解決してくれるんだろうなぁ。がんばろ。

 

ということで(?)無事母子共に退院しました✌︎('ω')✌︎お産って命懸けだなってつくづく思います。赤ちゃんに会えてよかった。生きててよかった。

現在赤ちゃんは大きく大きく育っています!泣く力も強くなって安心を通り越しオイオイになってます(笑)

 

書ききれなかったこと等は⑧に書きたいと思います!

 

⑧に続きます。出産記録最終回です!